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福岡・九州地域演劇祭
プロフィール たかさきの簡単プロフィールです。 PINstage たかさきの舞台芸術関係の活動の屋号です。 FPAP 福岡の演劇等舞台芸術を支援するNPO法人です。最近のメインはほとんどココです。 九州地域演劇協議会 九州内の6つの地域演劇支援団体により設立。 FPAP職員の日々之精進 FPAP常勤職員がおくる赤裸々日報。 制作者は語る(fringe) 全国の制作者による注目のブログです。 昨日 今日 トータル にほんブログ村 スパム対策でトラックバックには、送信元記事にこのブログへのリンクが必要になっています。どうかご了承ください 最新のコメント
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2026年 01月 13日
劇団四季「オペラ座の怪人」を見てきた。 最近、小劇場の演劇のチケット代が高くなって、商業演劇のコスパが相対的に高くなってきている気がする。 劇団批評 劇団四季は、日本の演劇鑑賞の地域間格差の是正にもっとも貢献している劇団だ。 しかも個人に頼らない、ロングランシステムを成立させ、単一の作品のコスパもものすごい。 装置、衣装、照明、音響など、ものすごい。 1万円プラスアルファで、このボリュームの作品を見られるというのは、すごいことだ。 小劇場でボリュームの少ない作品が3,000円とかすることがあるが、価値観の話にはなってくるけども、3000円でラーメン食べるか10000円でコース料理食べるかくらいの比較ができるかもしれない。 (私はラーメンのほうが好きなんだけども、まぁ、それにしても小劇場のチケットは高くなって、作品性を軸としては、もう一般の人が気軽に見れない状況になってしまった) 四季のミュージカルは、世界レベルで見ても、良質の作品を低廉な価格で見れるという点で、もしかしたら世界トップレベルかもしれない。 (ブロードウェイのチケットは,5,6万くらい平気でする。安く入手する技もあるにはある。それ以外の国は知らんけど) ってか、もしかしたら、こういう舞台作品を見れない国のほうが多いかもしれない。(いろんな国にいったけど、東南アジアでは、それっぽいものを目にしたことがない)。それを日本語で見れるというのは、ほんとうにすごい。 それで、道州の州都クラスの都市で、ロングランをやって、その動員は10万人規模だ。修学旅行で見にくることもある。本格的な舞台を始めてみたという生徒さんも多いだろう。 (この感覚は、東京とかにいては感じにくいだろうが) もちろん、作品をオリジナルで作っているわけではなく、コピー演出なので、この点、小劇場系演劇の価値観とは相容れにくいものはある。が、世界最高水準のものを、他国と比較して(多分)かなり安く、かつ多くの拠点で続けているという点は、これは舞台芸術シーンに例えられるものがない。 あえて例えるとしたら、新幹線が、もっとも近い感じがする(新感線ではなくて、鉄道の方です)。 公演批評 批評とかではなくて、気づいたことなんだけども、2階で見たんだけども、前のめりになって見る客がいると、後ろのお客さんの視界を阻害するらしい。 それで、場内アナウンスで注意があったのだけども、それ以外にも、2名の場内整理の女性が、肉声でアナウンスした。 そのアナウンスは客席内の上手側の要所から行う。そしたら、今度は下手側の客席の要所にいた係員が肉声でアナウンスする。それが終わったかと思ったら、上手の係員が少し後方に移動して、アナウンスするということがくりかえされた。 全部で6回くらいは肉声のアナウンスがあったと思う。 1回のアナウンスは、20秒か30秒かあったと思う。で、大きな声ではないが、静まり返ってる客席内だから、6回のアナウンスはまるまる聞くしか無いわけですよ。当然、飽きる。注意されることへのストレスもわずかながらあるだろう。 時間帯としても、開演のまさに直前、音楽もなく無音の中で。そこで2,3分の時間をとってこれをやる。 でも、多分、これは現時点で最高の答えということなんだと思う。 すべてのお客さんにちゃんと「実効性のあるように、届ける」ために、少々の時間とストレスを与えることを意識して決断したのだと思う。 正直、そこまでやるのかと思ったが、おそらく、このアナウンスを緩めると、視界事故が発生するのだろう。 アナウンスの内容 ・前のめりになるな ・後ろの客の邪魔になる。 ・頭を左右にふるな ・両肩を座席の背もたれにつけてみろ 私、個人としては、中規模のホールでの企画に関わることが増えてきたので、あのアナウンスを体験できたは、すごい勉強になった。 それで、作品の感想だけど やっぱ、脚本のリアリティという点では、イコライザーを調整するように、ある種の精神的なスイッチの調整をしないといけない。 まず、クリスティーヌは、なぜ、簡単にラウルにベタぼれになるのか。これは、違和感でしか無い。 あとは歌セリフが多すぎじゃないか? 歌うセリフと歌わないセリフは探る余地があるように感じた。 (変えられない契約になっているのかもしれないが) あとは、仮面舞踏会のところは見せ場なんだろうけども、いくら人々が仮面舞踏会が好きだとしても、あそこまで仮面舞踏会を持ち上げるほど歌いまくるのか??というところは、違和感と言うかおかしみだ。 みんなが待ちに待っていたという描写もなく、とくにドラマ的には、重要ではないと思うのだが、ものすごい感動的な歌声と声量で、仮面舞踏会を賛美しまくる。それも何度も何度もだ。 「ま〜だ,歌うのかよっ」って思ったし、 「お前ら、どんだけ、仮面舞踏会好きなん?」って、かんじだった。 あと、やっぱ役者が鍛えられていて、すごいね。 ダンスと歌はまずすごい(というかこの点では、私は専門じゃないから詳しいことはわからないが)。 そして、普通の演劇だと、役者の滑舌の技量とか興奮時の発語のコントロールの不備などで、何を言っているのかわからない。ってことがちょいちょいあるんだけど、(PAの問題もあるが)、そういうのがいささかもない。明瞭な発声。素晴らしい。 (もちろん、その反面として、嘘くさいかんじはでるだけども) それでも、最後には、一定の感動はあった。 クリスティーナのキスで、怪人の負の全てを昇華したという解釈によって。 しゃれこうべ3つと拳銃は回収されてた? なんか、きれいな回収が欲しかったな。 あと、カーテンコールがダブル、トリプルじゃなくて、7、8回あったとおもうけど、それでも予定上演時間に収まっているのもどうかと思う。 よく考えれば、こういう世界的ミュージカルの大半は、英語だろう。人口1.2億の日本語にして上演して、経済的に成り立つのであれば、スペイン語(約20カ国で6億人)・フランス語(約30カ国で3億人)にもなっていて、世界ツアーとかしているかもしれない。 東南アジアは、多くの国で、それぞれの母語をもち、基本、英語・フランス語、スペイン語が通じないので、世界的なミュージカルを見る機会がないということかもしれない。 (調べたら17言語で上演されているらしい。約40カ国で上演とのこと) どうでもいいけど、こういう仮説の視点は、地球一周旅行をしたから、持てると思うのだけど、特に生活に役立つわけではない。 話は変わるが、私は、映画のオペラ座の怪人(1989)が好きで、あれは、ストーリーが良く出来ている。ラウルの役の印象が薄くなっている。 ![]() #
by sailitium
| 2026-01-13 12:41
| 観劇して|感想・批評
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2026年 01月 06日
とある企画を見た。 乳幼児や障害などの理由により鑑賞中の静粛を保てない人も、どうぞという音楽系の企画だった。 その企画は素晴らしいと思うが、一方、良質の客席環境を用意しないというのもどうなのかとも思う。 そこは、割り切っているのだろうけど、人の心を動かす実演芸術っていうのは、良質な客席環境もないと成り立たないんじゃないかとも思う。 おそらく、自分が作っているものが芸術だという自覚がある人で、そういうノイズがあっても、芸術性が壊れないといい切れる人はごく少数だろう。壊されると感じるほうが大半だろう。 たとえば、実演芸術の第一歩を届けようとしているなら、低廉であっても客席環境も含めてなるべく良質なものを届けないと、芸術としての感動体験には届かないのではないか? そこを放棄したら、それは実演芸術というよりイベントというかお祭りに近いものになってくるのではないか? 今、多様な障害に合わせて、さまざまな施設があるように、静粛を保てない人には、それ専門の施設や人材が、その機会を提供したほうがいいのではないか? 一般の人とそういうひとをひとくくりにしても成立するというのなら、少し乱暴な立場かもしれない。 芸術性が損なわれるデメリット。それによってこれまで鑑賞機会を持つことが難しかった層に届けられるメリット。 これは、なかなか答えが出ることではない。 #
by sailitium
| 2026-01-06 12:32
| 制作的なこと(演劇)
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2025年 12月 11日
当日2,000円 1時間45分。 少数の出演者とかでもないし、あらすじがチラシにあって、本格的な公演を期待して見に行きたいと思った。 (もちろん、小劇場の制約はある) 作品を見た個人的な感想は、あんまり芳しくはないのだけども、しかし、それ以上に今後の飛躍を期待してしまって、ぜひ試行錯誤をしながら、福岡を代表する劇団の一つまでいってほしいと思ってしまった。 役者は悪くなかったと思う。 根本原理(今回で言うと、この脚本でどういうことを社会にぶつけたいと思ったのか)も、私のアンテナでも拾えるものはあった。過重労働とか同性愛とか、ステレオタイプな扱いのようにも思えたけど、これはそういう軽い何かではないものがあるなという感じがした。 脚本は、個人的に、稚拙・蛇足と思えるところが少なくはなかったけど、それ以上に、根本原理の幹の太さが、私の中では大きなところを占めた。 ポイントとしては、脚本や演出の選択した表現が、演劇には不向きな表現になっていたと思う。結果、演劇作品として個人的には評価しにくい。サッカーで言うと、才能のある選手は集めているが、監督(脚本と演出)の戦術がうまくいってないというかんじ。 客席からみたところの第一印象としては「音響と照明のある通し」と感じた。 場面が色々変わるんだけども、それなりに具象が要求される場面もあるのだけども、素舞台なので、どうしても塾事務所、部屋の中、マンション?の集合ポスト前、異次元空間的な場所には、見えないんだよね。 そんなところで、本番公演という感じには見えなかった。 もちろん、素舞台であっても、脚本や演出の妙でそこにさまざまな風景を見せる作品もあるし、そういうのが気にならないように作られた作品もある。が、今回の作品はそこへの手当がある演出ではなかった。しかし、あの脚本で、観客に違和感を感じさせない装置プラン。それも低予算で。となったら、プロの装置家でも案を出すのは難しいんじゃないかと思う。 あと、演劇で、デフォルメされてない格闘とか人を刺すとかは、非常に難しいんだよね。どうしてもちゃちく見えてしまう。小劇場では特に。 この辺が、演劇には不向きな表現と感じたところ。 細かいことだけど。 衣装は考慮されていたと思う。けど、あれくらいの距離でやる場合は、靴も少し配慮があったほうがいい。 個性的だったり、光ったり、ごつかったりする靴だとどうしてもそこに視線が行く。しかし、そこはどうやったってグレーのパンチカーペットなのだ。このことも通し感を高めてしまった一因かもしれない。 あと、これは個人的な好き嫌いだと思うけども、あるいはその範囲を超えているかもだけど、あの客席と舞台の距離感で、大声・高感情の熱演は、見ていて、きつい。精神的な負荷を感じる。 それを予感して、かなり端っこの席に座って、それはいい選択だったけども、それでもきつかった。その舞台からの強すぎる圧を減じるために、目を細めて、視界にフィルターをかけてみた。 あれは、心身ともに健康な人じゃないとちょっときついかなと思う。 受付は、ファミリーな感じで、関係者のお子様が受付の練習をするという感じ。お子様が私の受付対応をして、(おつり、3,000円渡してい〜い)みたいな空気になったり。そして、となりの大人が、フォローするというかんじ。これは、それなりの有料公演でどうなんだという意見も成立するだろうし、私が制作なら選択しないとは思う。が、私は客としてはそういうのがきらいじゃないのだ。というか、かわいい猫を見たときのように、ほわ〜とした気分になるのだ。 しかし、それはそれ、作品への批評は批評だ。 技術的に伸びしろはあるのかなと思うけど、こういう骨太な作品を届けたいという志の高さは評価されるべきだと思う。届けたいものがしっかり届く手法をぜひ発見してほしいと思う。 #
by sailitium
| 2025-12-11 12:34
| 観劇して|感想・批評
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2025年 12月 05日
仕事でのよくある失敗なんかは、普通「すみませんでした」と謝ればそれですむ。口で言うだけで済む。人混みで、他の人にぶつかるとかでも、同様だ。 しかし、仕事で何度もおなじ失敗を繰り返すとそうはいかない。口だけ言っていると思わわれないように、反省文や改善案を書いたりすることになる。 まちなかで、車で軽くぶつけたりしたら、「すみませんでした」というだけではすまない。 治療費は払うべきだし、菓子折りの一つももって謝らないといけないし、それで済めばいい方だ。 それより、おおきな失敗をしたらどうなるだろうか。 そうなってくると、口で謝るだけでは済まない。迷惑をかけられた人の気持ちを収めるために一定の儀式が必要になってくる。 その儀式について、考えたい。それは、失った信用や人間関係を取り返すための儀式と言っても良い。 たとえば、車で人を引いたら、病院代だけなく慰謝料を支払わないといけないし、ひどい場合は懲役になる。慰謝料は財産罰といえるし、懲役は身体罰だ。 仕事の場なら、同じ失敗を繰り返していたら、減給とかになったりする。 他にも坊主にするとかの武勇伝を聞いたこkとがあるし、軍隊だと腕立て20回が追加されるとかの話もある。 不祥事で、会社の社長が謝罪会見するときは、深々と謝り、その姿を社会にさらされる。これは、その人の社会的尊厳を放棄してもらうという意味で、名誉罰と言える。土下座も似たようなものだろう。 殺人事件などでは、被害者遺族は犯人により重い刑罰を求める。 つまり、これらは全部「罰」なわけだ。 菓子折りだって、少額だが自腹を切っているだろう。 受ける迷惑や被害の度合いが一定を超えると、人は口で謝るだけでは許せない。その人が自腹や身銭を切るとか、罰を受ける姿を見ないと、その人を許せないというふうに人間はできているようだ。 しかし、上の例で言うと、菓子折りと社長の謝罪はちょっと違う。 法律で強制されたものではなく、自分の受けるべき罰の内容を自分で決め、ある程度は自発的に罰を受けている。 運悪く炎上する場合もあるが、たいていは沈静化に向かう。 昔の武士は、ひどい失敗をした場合は、自ら切腹していたということがある。これも、自発的な罰の例だ。そうやってお家断絶を逃れたりしていた。 自首したほうが罪が軽くなるように、罰も自発的であるほうが、軽くなるのは間違いない。 おそらく、本来、罰というのは自発的なものだったんじゃないだろうか。 それで、周囲もその人を許す。水に流す。許すということは、その人とのご縁を続けていきたいということだ。 だから、罰っていうのは、どうしてもネガティブなものに見えてしまうかもしれない。けど、その人がそこそこけっこう周りに迷惑をかけたとしても、その儀式を経ることで、また、その人と付き合っていけるということなんだと思う。だから罰というよりも、これからも付き合っていきましょうとするための儀式と言ったほうがいいのかもしれない。 しかし、それが自発的になされない場合、罰するという行為が発生する。それは、相互にとって相当にストレスの高い行為だ。 裁判官とか、それ相応の報酬をもらってないとやってられない仕事ではある。 やはり、その儀式は自発的であることが望ましい。、言われてからというのでは罰する側というものを生んでしまい、さらに周りに負担をかける これは、先輩に教えてもらったことだが、通常の範囲のことであれば、菓子折りをもってご挨拶に行くことが謝罪の気持ちと伝えるために、たいへん良いとのことだ。私もそう思う。 これは、感謝の気持ちを伝える場合でもそうだろう。 (おまけ) 特定の分野の仕事で、遅刻したら罰金5,000円というのがあって、これはめちゃくちゃだと思う。けど、いっつも遅刻して、注意してもなおらなかったら、そう言いたくなる気持ちはわかる。 (我々人間は、表面に出てきた瞬発的な行為(上っ面)だけ見て判断して、長きに渡りイライラをつのらせた人の気持ちはなかなか理解しようとしない。) #
by sailitium
| 2025-12-05 12:48
| 事務的な仕事をする上で
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2025年 11月 10日
昔とある著名な公共劇場の館長さんが 「演劇ワークショップは誰でもできる。しかし、参加者に感動して帰ってもらうことは、優れたアーティストにしかできない」って事を言っていた。(うろ覚え) その通りだなと思うし、その意味が何となく分かる。 対象を見据えて、起承転結なりの組み立てを考えるとか、人の心を動かすためのなんらかの仕組みを考えるからだろう。 持って帰ってもらうものを想定して、そのための設計図を作り、丁寧に実行するということだ。 優れたアーティストといっても、人を感動させよう(心を動かそう)と思ってない(ように見える)人もいる。それはこの格言の例外だろう。 #
by sailitium
| 2025-11-10 12:34
| 制作的なこと(演劇)
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