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福岡・九州地域演劇祭
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2007年 05月 09日
きららの持ち味をだせた舞台であったように思う。
遊園地をひとつの王国にみたて、王女と、王女と結婚に至る遊園地の警備員を中心にしたストーリー。最終的にこの二人が自分の姿を見つめ新たな一歩を踏み出す。という展開であるのだが、つながりの明確な起承転結ストーリーというわけではなく、さまざまなイメージがもりこまれたプロットが飛躍的に展開するという流れ。 こういう芝居だと、それぞれのシーンがイメージ的にその人の経験・人生とシンクロするかどうかが、芝居に感動できるかどうかを分けることになりそう。この構成はつぼにはまるといいのだが、アンテナがあわない観客をおいていくことにもなる。モチーフをどのように取捨選択し、全体の中に位置づけるのかというかなり高度な創造作業が必要となってくる(意識するかどうかは別として)。 個人的には、今回の芝居で舞台にのっていたモチーフ、イメージはやや拡散していたような印象がある。それらをもう少し絞られた分野にちりばめ、通しのストーリーをわかりやすくした方が、より多くの観客をとらえられるような気がした。 この辺の感受性は性別の差も大きいような気がする。男性の場合は論理的なつながりの見えにくいイメージ群を一体化して把握する能力に乏しい。今回の芝居はそういった意味では女性の方が深く理解共感できる舞台なのではと感じた。 役者では河原氏池田氏の好演が目立った。目立ったと言うより役者の地力が舞台客席の広さに対して互している。という印象。この二人が舞台にいる時は、役者の発する何かが客席を含めた空間を十分に埋めていると感じた。主役級の二人は熱演していたが、経験の少なさなどから来る弱さもかいま見えた。具体的には声の大きさや使い方そして存在感である。劇場の広さを射程距離におさめた演技にはあと一歩というところ。やはり劇場が大きくなると、役者の地力が見えてきやすいという印象を持った。 演出家の池田氏は「経験や技術よりもライブの同時代性を体現するキャラクターを役者として舞台にのせる」という作劇手法を指向しているように理解している。そしてその手法が社会を表現するという現在の作風を成立させる大きな要素となっている。 そのためどちらをとるか(フレッシュな役者と経験のある役者)というところで、いかんともしがたいが、結論として言うならば、やりたい芝居と劇場があっていないというところに落ち着くことが出来るのかも知れない。 今回の舞台では、遊園地は娯楽はあるが閉鎖された社会の縮図であろうし、王族と奴隷にわかれた階層は現在では格差社会への移行を思わせるものでもある、その中で主役の俳優が「遊園地の警備員」という役目を与えられているのも興味深い。 きららの今回の作品では、これらのイメージ、モチーフが多重多層に積み重ねられている。おそらくそれは一本化した解釈を受け入れるモノではなく、整理されていないおもちゃ箱のように多様だが、人によっては散漫となるかもしれない。 最近のきららの公演は、多様なイメージの提示というよりも、脈絡のつながりやすいストーリーを中心とした作品が多く、本作が12年前の脚本の再演ということで、作家性の変化への興味を強く引き起こすものでもあった。 今後のきららの活動に大いに期待したい。
by sailitium
| 2007-05-09 13:00
| 観劇して|感想・批評
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