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福岡・九州地域演劇祭
プロフィール たかさきの簡単プロフィールです。 PINstage たかさきの舞台芸術関係の活動の屋号です。 FPAP 福岡の演劇等舞台芸術を支援するNPO法人です。最近のメインはほとんどココです。 九州地域演劇協議会 九州内の6つの地域演劇支援団体により設立。 FPAP職員の日々之精進 FPAP常勤職員がおくる赤裸々日報。 制作者は語る(fringe) 全国の制作者による注目のブログです。 昨日 今日 トータル にほんブログ村 スパム対策でトラックバックには、送信元記事にこのブログへのリンクが必要になっています。どうかご了承ください 最新のコメント
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2024年 07月 01日
陽project「斬!新八犬伝~破~始まりの五犬士」をみた。全180分(一幕80分、休憩20分、二幕80分) 当日、A席6,500円 このカンパニーが置かれている環境というのもあると思うが、公演は公演として、今回の公演に限っての感想を書きたい。 実は、このカンパニーの作品を見たことがない。けっこうがんばって活動している団体のように見えていたが、なかなかタイミングが合わなかった。 とはいえ、一度見に行こうとして、予約したことはある。けど当日、体調不良になって、当日キャンセルしたことがあった。これは、申し訳ないことなので、いつか必ず見に行かなければと思っていた。 観劇後の感想を全体的なところから書く。 南総里見八犬伝を下敷きにしたストーリーのチャンバラ劇。 衣装、照明、チャンバラ、ギミックといったテクニカルワーク盛り盛りの作品。キャナルシティ劇場での公演でもあり、福岡の劇団で、ここまで器の大きな作品は見たことがない。 お客さんも700人くらいは入ってたんじゃあないだろうか(3ステなら2,000人超え!?)。 個人的な好きらいは抑え、作品的・制作的に言えば、あの空間は十分埋められていたと思う。 まったくすごいことだと思う。すごすぎると言っていい。 しかし、この作品や公演を評価するときに、少なくも小さくもない粗があったことは、公平・公正にみてとらないといけないだろうと思う。 私は、器の大きな公演にチャレンジしているとき、多少のアラは気にならないほうで、それ以上にチャレンジしていることを評価する方だ。 実験やチャレンジのない公演は、完成度は高くなりやすいが、作品としての魅力に乏しくなりやすい。 今回、役者のセリフはピンマイクで拾っていたのだと思うけど、役者のセリフまわりのPAが天中殺に入っていた。 マイクが入っていないとか、途中で切れるとか。ノイズはバンバン入ってくる。役者もマイクの周りを叩いたり、動作にかかる音を拾いまくる。 また、役者も裏声で叫ぶような発声が多くて、PAと相性が悪いのか、ハウリングは連発で、全体として、聞き取りにくいセリフが非常に多かった。 (休憩時間に、受付のスタッフに苦情を言っている人がいたほど) 次に、役者の演技だが、演技の方向性がバラバラなことは残念で、悪く言えば自分勝手な演技が目についた。繊細丹念なセリフのやり取りを要求される会話劇でないとはいえ、縦の関係性に重点を置くのはいいが、横の関係性を軽視しすぎなように思えた。 また、この価格帯の公演で舞台に立ってはいけないレベルの出演者がいたということも事実として指摘できると思う。 音響にもミスも多かったように思えた。 終始BGMが流れているタイプの作品だったが、シーンとそぐわない曲が流れていたり、違和感のあるきっかけもあったように思う。 殺陣のシーンでSEが入らないシーンがあったが、あれはかなり厳しかった。トラブルだったんだろうなと思えた。 (もし、そうだとして、そのシーンは、途中から、太鼓でつないでいて、もしとっさの対応としてやったなら、拍手したい。) 以上の3点については、見ているこちらがハラハラした。心の中で「がんばれ〜」とか思ったし、休憩後にセリフのPAが幾分か改善しているのをみて胸をなでおろしたりした。 役者の演技について分析するが、うぉ〜〜〜っという感情を作って、それをうわ〜〜っって出すかんじの演技を重視していることは見て取れる。 これは芝居を見慣れていない人や、友人知人には効きやすい手法だ(号泣的な感想は、これにあたると思う)。一方、ある程度芝居を見慣れている人や芸術的に繊細な感性を持つ人にとっては受け入れられにくい手法だと思う。冷笑やドン引きの反応につながってしまう。 なので、普通はストーリーの助けを借りる。丁寧に役の環境を説明し、感情移入させ、終盤の強い感情が発露する演技にも共感させるという手法を取る。 (これが、非常に難易度の高いことであるために、それを成立させている戯曲は、芸術の一種として扱われる) 脚本は、「おおっ!」と思えるところもあったが、現代演劇の価値観からすると、安直、安易なプロットが少なからずあったように思える。 (それは好き嫌いの問題でもあるが) 例えば、争いを止めようとして、間に割って入って、間違って兄に刺されて死ぬ妹というプロット。これは、上記の価値観で言うとありえない。逆に言えば、脚本家はいい人なんだろうと思うけども、個人的には、見ていて、すごくきついシーンだった。 それに近いプロットは他にも2,3あって、現代演劇の価値観からすると、脚本は低い評価にしかならないだろうと思う。個人的にはきつかった。 他にも、けっこう偉いクールな殿様なのに、「まだ見たことのない景色を見てみたくはないか?」と言われたら、あっさりと感動感服してしまったところもご都合主義が色濃い印象だった。 ストーリー的には、実に壮大だった。150分過ぎたくらいでは、ラスボス候補が4人くらいいて、「これ、どうやって、話まとめるんだ〜」と思っていたら、急にこの芝居は終わってしまう。 「えっ、えっ、これ全然途中だよね。あいつも、あいつも、全然生きてるよね?」とか思ってたら、、、 実は、この公演は、二部作か、三部作か知らんけど、そういう構成になっていて、160分かかって、そのうちの一部作が終わったに過ぎないっていうことだったのだ。 公式サイトとかには書いていたのかもしれないが、その構想のデカさには驚いたね。カーテンコールで続編を久留米シティプラザでやるという発表があって、これを演劇的感動といっていいのかどうかはわからないけど素直にサプライズを味わった。 フロント周りには、いろいろと混乱があった。 当日券販売では、ひとりのお客さんに5分くらいかかっていたし、手元のチケットと座席表の整合性をとれてなくて対応に苦慮しているようだった。 (まぁ、これくらいの大きな劇場で、初挑戦となれば、こういうこともあるだろう。自分も、このクラスの劇場でやったことないので、同じ失敗をするかもしれないが) 休憩からのスタートも、フロントと舞台周りで連携が取れてなかったようで、二幕が始まるタイミングが、テクニカルやフロント周りに伝わってないようだった。まず、客電がついたまま二幕は始まったし、普通にフロントは物販していて、「まもなく開演です〜」をやってなかったのか、二幕が始まってからバタバタと客席に戻ってくる観客が20名くらいはいたように見えた。 衣装、照明はとても良かったと思う。あやかしや伏姫が出てくるところや、尼が変化するところの演出も効いていたと思う。個人的には「おおっ」ってなった。 役者のでハケは数多く、一部、噛んだところもあったと思うが、全体的に小気味よく出し入れされていて、よく鍛えられているなという印象。そこも結構すごいと思った。 舞台や芝居を華やかにするテクニカル系の演出は多々あって、効いていたと思う。あの空間を埋められていたと思う。 なにしろ、ああいうことをいろいろやるのはほんと時間・労力・お金・人手がかかるんだよね。そして、関わる人数が増えてくると、それに伴うもろもろのことも増えてくる。 その点、少人数の会話劇とは、桁がまるで違う。 私は素人ではないので、どれほど大変なことかがある程度は想像がつく*。 ものすごい熱意がないと出来ないし、人間的な器の大きさやストレス耐性、魅力がないとできないことだ。 (*それが見えない人は、そのへんの部分のことを評価要素に参入しないのだろうが、それは、偏った評価になってしまうだろう。) 今回、ひとり親家庭層に向けての招待企画をやっていたが、これもやるのは結構大変なことだ。 たとえば、ギフトチケットという、広がっていってほしい券種がある。ノウハウが公開されており、この招待とくらべると、労力もかからない。しかし、福岡では十分に広がっていない。 これは、券種への関心が少ないことや、労力がかかることへの忌避感があるのだろうと思う。しかし、この公演ではより難易度の高いことをやった。ひとり親家庭層に向けての招待をやるというのが、どれほどの熱意がないと出来ないことかわかっていただければと思う。 それで、最終的な結論だけども。 演劇的批評として、この作品が、プロフェッショナルな演劇作品として成立していたかどうかでいうと、少なくも小さくもない粗のせいで、破綻していたとまでは言わないにしても、成立してたとは言いがたい。 上で書いたような応援される心情にさせてしまっては、プロフェッショナルの公演とは言えない。市民劇のそれである。 ただ自分が見たのは初日なんで、2回目、3回目は、演劇作品として見事に成立させていたかもしれない。 (なので、1回目に限っての評価になる。2回目、3回目しっかりしてたなら、プロの作品として、成立していたかもしれない。) また、話は変わるようだが、「チケット代が高いと思うか?」と言われたら、私は個人的には、高いとは思わなかった。 私は、チケット代にうるさい方で、福岡で2,500円の公演を見て、2,500円分あったなと思える作品は1,2割くらいだ。 8,9割は、自分は個人的に楽しめたとしても、普通の人がこの芝居を2,500円でみようとは思わないだろうなぁと思う。 とくに、出演者2,3人、装置も照明も衣装もとにかく引き算引き算みたいな方向性で作った60分くらいの作品で、お客さんと向き合うと言うより、自分の関心事と向き合っている方向性で、それが2,500円だったりすると、非常に悲しくなる。頭を抱える。始めてみた作品がそれなら、もうその人は小劇場の芝居を見に来なくなるだろう。 この作品、作品性としてみた場合は、破綻しているか、破綻に近いクオリティだったと思うけど、6,500円でこの芝居を見た人がいたとして、「もう、二度と芝居みない」とはならんだろうなと思った。 ここまでやってくれたら6,500円くらいは払っていいんじゃないの?と個人的には、素直に思った。 私は、3,000円超えた芝居は、基本見に行かないので、あれですが。地元の劇団とか著名な劇団なら、とにかく一回は見ておきたいと思うので、そういうときはみます。今回も、そういう流れで見た。
by sailitium
| 2024-07-01 12:33
| 観劇して|感想・批評
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