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福岡・九州地域演劇祭
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2014年 06月 05日
最初に書いたとき、今日のブログのタイトルは
「今、一般に使われている芸術(アート)という単語をワタクシが定義いたします。」 だった。 数日寝かせてみると、素面でこういうことを言っていることが恥ずかしくもあり、ちょっとタイトルが気合いが入り過ぎだったので、ちょっと修正してみたところだ。 では、さっそく 芸術(アート)の定義 「稀有な才能あるいは高度の技術を伴った、純粋な内面からの衝動による表現が、(美を感じさせ、かつ)人の心を打つレベルにあるもの。」 で、いいよ。 もっとも必要十分条件に近い定義として。 美的であることについては、入れるべきかどうか迷っている。 (決定版の定義でもなんともないけど) 芸術(アート)はたいてい美的なんだけども、美的であることはあとからついてくることに過ぎないともいえそうなんだよね。 芸術(アート)だなぁと感じるもので、美しいとまでは感じないものもあるので、迷っている。 美という言葉の定義を広げるのは、ごまかしにすぎないし。 もちろん反論もあるだろうが、いろいろな定義があって良いみたいなぬるいことは言わない。 これが、今、一般に使われている芸術(アート)という単語に対し、もっとも必要十分を満たした簡潔な定義であり、これ以上のものはない。と言い切る。 なので、こうすればウケルだろうみたいに、他者評価を念頭に表現を修正した場合は、芸術(アート)性は低下する。 白か黒かみたいにいえるものでもなくて、灰色の部分がある相対的なものではある。 アート性が高い、低いといった文脈で語られるべきものではある。 人の心を打たないものはアート性がさがる。 人の心を打ったとしても、「純粋な内面からの衝動による表現」でなければアート性がさがる。 人の心をうち、純粋な内面からの衝動による表現であっても、稀有な才能あるいは高度の技術を伴ってなければアート性がさがる。 この辺で、アート性の総合値が下がりすぎると人は芸術(アート)と認識しなくなる。 エンターテイメントの定義は、多くの人を楽しませるモノ。でいい。 花火はエンターテイメント、サーカスもエンターテイメント、祭りもエンターテイメント。 アートがエンターテイメントになることは十分有り得る。 エンターテイメントが、アートであることもないこともある。 モテたい売れたいと思ってもいいが、その欲求によって表現を修正した場合はアート性は落ちる。 修正せずに、あるいは修正を最小限にとどめ、その結果、売れてモテることもある。 アートがエンターテイメントになりえないことも十分に有り得る。極少数の人の心しか打てなければ、アートだがエンターテイメントではない。 ラスコー洞窟の壁画はかなりアート。 テレビドラマの脚本とかは、売れるためにどう書くかという要素が強くて、アート性は低い。 ラッセンが思うがままに書いていて、勝手に売れているならアート。 売れるために、いろいろ世の中を分析して、それに合わせているならアート性は落ちる。 音楽も同じようにみていい。 コンテンポラリーダンスとかは、もう絶対的に売れる展望がないから、トップレベルでやっている人のアート性は高い。 役者、歌い手、奏者は、脚本とか楽譜とか他人の書いたシナリオに乗っている部分がどうしても拭えずアート性は下がる。 きゃりーぱみゅぱみゅだって20%位はアーティストであり、AKBだって10%位はアーティストの部分がある。 絵画、作曲、文芸は、ひとりの創作活動であり、役者、歌い手、奏者よりは一般的にアート性が高くなりやすい。 商業に出ちゃうと、内面衝動よりも、周りを喰わすとか資本の論理に追従しないといけない面が増えるから、アート性は落ちる。 だから売れてるような人よりも、ずーとこもりっぱなしの人の方が芸術(アート)性が高いものを出すんじゃないかと思うんだよね。が、それが世間的な評価を受けられるかと言えば、また別の話なんだけど。 しかし、素面でこういう話をするのはひっじょうーに恥ずかしいね。
by sailitium
| 2014-06-05 11:45
| 制作的なこと(演劇)
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