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福岡・九州地域演劇祭
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2013年 05月 07日
ネットTAMリレーブログ「アートマネジメントを超えて」を読んで、共感するところがあった。
自分なりに解釈すると、アートマネージャーは事務・雑用にとどまらずに、作品の内容にもっとコミットすべき、と理解した。 (もちろん制作的な事務能力と、作品の内容にコミットする能力は別物だから、後者へのセンスとか能力は別に鍛える必要がある) これをケーキ屋さんに例えてみる。 出来たケーキに値付けをしたり、売りに行ったり、店の宣伝をしたり、材料を仕入れたりするだけでは良くない。どのように陳列すればいいかとか、そもそものケーキ作りについてもかかわっていくべきだ。という意見だろう。 こういったことへの問題提起は、fringeの荻野さんが「制作者がドラマトゥルクを名乗る必要があるのか」(2010年03月19日)で行なっていて、「プロデューサーや制作者は、元々ドラマトゥルクの要素を含んでいるはずではないのか」と書かれている。 制作者やアートマネージャーがドラマトゥルク的なことをするべき(作品に関わるべき)という点で、二人の考え方はとても近い。 これらの立場に、自分も全く同感である。 (もちろんその能力を養った上でのことであり、最終決定は演出家なりのアーティストもしくは総責任者であるプロデューサーにある。その立場をわきまえながらかかわる必要はあるが。基本は制作事務だと思っているけど。) 自分も理想としては制作者はどうやってケーキを作るかという部分での芝居のことがよくわかってないといけないと思う。なので、一隅を照らす範囲ではあるけども、演劇畑じゃない職員を採用したときは、とにかく芝居を見に行ってもらって、芝居の感想をどんどん書いてもらうようにした。 芝居の感想を言語化するというのは、作品の内容にコミットする能力を養うための第一歩だと思っている。(一番いいのは、いろんな創作現場に立ち会って、アイディアを出したり、作品作りで一緒に苦労することだ。) しかし、難しいのは批評を受けない感想をいくら書いても成長は見込みにくい。書いた感想なりに批評を受けることが一番いい。 組織の内部でそれをやれれば一番いいが、そうでなければブログなどで芝居の感想を書いていくことになるが、制作者なら誰しもわかると思うがそうすることは制作者としてのリスクを伴う。 ちゃんと芝居というものを理解しようと思って、芝居の感想の言語化と向き合うと、時に否定的なこともかかなければならず、これが得てしてトラブルのもとになる。 それで、一般的に、成功しているプロデューサーや制作者は芝居の感想を公言することが少ない。 ここで注意しなければいけないのは、プロデューサーや制作者としてやっていても、芝居の内容についてコミットするセンスを持っていない人もいるということだ。 こういう人が、一定の権限を持つと、個人の趣味で独善的な事業を行うことにつながる。または、プロデューサーとしての権威を背景にとんちんかんな作品へのコミットをすることになる。 アーティストには立場上、弱い部分があって、自分の芝居を評価している人には無警戒になりがちであって、客観性を伴わない好意的な評価をするアートマネージャーを盲信するという例もある。 そういった意味で、芝居の感想を公言したことがないアートマネージャーは、芝居がわかっていないことが多く、危険性を伴う。と個人的に思っている。 (一貫して作品にかかわらない的な成功しているPもいて、その生き方も尊敬している) しかし、もちろんそれは傾向の話であって、芝居の感想を公言はしないが、芝居への理解のセンスがある人もいる。今の日本で、もっとも成功しているプロデューサーや制作者はそういうタイプの人たちだと思う。 しかし、そういう天賦の才をもっていない普通の制作者やアートマネージャーは、芝居の感想を公言して批評を受けて、芝居を理解する力を養う時期を持つしかない。と思う。 公言じゃなくても、制作者同士で集まって相互に意見を言い合うとかでもいい。 てなことを考えていた所、市村さんのコラムを読んで、だよだよ!と感じた次第だ。 (続く) ちょっとケーキ屋の話に戻るけれど、いろんなケーキを集めて並べることで、新たな意味合いを生むこととか、こういうケーキが売れるだろうと新ケーキの開発をすることは、ケーキ作りそのものとはちょっと違う。 このへんの仕事をいろいろ並べると、どこまでが制作の必須の本来業務で、どこからが、できればやりたいという業務なのかの線引は難しいだろう。 制作とアートマネージャーでは微妙にも違ってくるだろう。
by sailitium
| 2013-05-07 13:58
| 制作的なこと(演劇)
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