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福岡・九州地域演劇祭
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2012年 10月 09日
(前回の続き) 対話のほかに議論(討論)というのもある。 対話と議論の違いは、これまたグラデュエーションになっていて相対的な部分があるが、 自分の感覚で言うなら、優劣または勝敗を決めようとしているかどうかになるのかなと思 う。 会話と対話の違いよりも、対話と議論違いは少ないように思う。なので、対話がいつの間 にか議論になったり、議論がいつの間にか対話になったりというのはよくあることだろう。 対話や議論に共通するのは、それを成立させるためにはある程度のスキルや信頼関係が必 要で、それがない場合なかなかうまくいかないことがある。ネットでのやりとりでよく泥 沼化したり、決裂したり、話がかみ合わなかったり、議論をふっかけておいてレスを返さ なかったり、ぜんぜんお呼びでないのに横から入ってきたりなど、枚挙にいとまがない。 それで、やっとタイトルにつながるわけだけども 「対話や議論した件数と、なんらかの合意にいたった件数、その率について」 自覚してみてはどうだろうと思う。 対話と議論はこの場合セットとして考えるが、対話や議論をほとんどしないと言う人が多 数派だろう。あとはけっこういるとおもうのだが、「議論や対話はするが立場や意見の違 う人となんらかの合意、相互共感にいたれた記憶がそういえばないな」という人も結構い ると思う。それは対話や議論が成立したとは言い難い。振り返ってみてそういう記憶が乏 しければ、ちょっとヤバイので考えた方がいい。 今の日本なら達成率30%いけば、けっこうなスキルが高い方だと思う。 個人と個人の場合は、片方に議論のスキルや意志が成立しなければ、それが成立しないこ とはあきらかであるとして、組織と一個人だと正規軍対ゲリラみたいなもんで、一個人が 自由度が高すぎて対話や議論が成立するのはさらに難しい。言葉遣いやペナルティ可能性 とか、相互が対等でなければまず無理だろう。 同一組織内の上司と部下のような関係も難しいだろう。対話は時に議論となって、部下が 上司を打ち負かしたみたいなことになれば、上司からのなんらかの報復が当然予想される。 上役の機嫌を損ねずに誤りに気づかせるスキルを持っている人は少ない。これは東大に入 るよりも難しい。よくわからんが、以下のような評価と存在割合になるんじゃないか。 上役の誤りを上役の機嫌を損ねず正せる(2,3%)>上役に意見しない(18%)>上役が変 なこといってても気づかない(60%)>上役の誤りを正そうとしてしまう(20%)。 組織の和を、組織のミッションよりも重視している組織の場合、対話や議論しない風土と いうことになってしまう。できる社員はやり過ごす。という本を読んでとても納得したこ とがあるが、得られる組織的なメリットの期待値が低く、個人的なデメリットの期待値が 高ければ、対話や議論を避けやり過ごすというのは責めようがない。 対話と議論ということで、あっちとびこっちとびしながら考えたけど、日本人には基本的 に向かないし、向かないかわりに持っている特質でうまくいっていたのだとおもう。 対話や議論は、環境適応するための変化を導くにはとても大切なことだと思う。人工的に そうなるような仕組みを作るしかないような気がする。 参考になるようなそれができている組織もあるとおもうので。
by sailitium
| 2012-10-09 12:52
| 劇評・批評について
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