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福岡・九州地域演劇祭
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2012年 06月 01日
どうやら養われないっぽいです。
最近、以下のようなことをぼんやりと考えていた。 ○センスに勝る努力なしという仮説 ○制作とプロデューサーの違い ○チラシデザインできない制作者はあり得ないという仮説 ○基本は担当者の能力不足だが、なぜチラシは遅れるのか。 ○予算なんてたてなくても、だいたいイメージできるし、稽古みてたら修正できるし、それでだいたいそんな決算になるじゃん ○気づき、アイディア、スケジュール、一段上の構想力、実行力、周囲を巻き込む力みたいなものがなくてもやっていける仕事っていうのがあるね それで、その辺が混ざり合って、いくつかのことに気づいたというか、言語化するに至った。複数のスレッドを同時にのばしていたら、混同して、新たな知見に至ったというか。 とりあえず、制作者とプロデューサーについて。 誤解していたわけでもないし、思いこんでいたわけでもないが、明確に認識できていなかった。制作としての経験を積めばプロデューサー的センスが養われるわけではない、ということを。 面と向かって、誰かが「制作としての経験を積めば、プロデューサー的センスが養われるのですか?」と聞いてくれれば「必ずしも、そうではない」と答えていたと思うが、その視点の疑問を明確に持てていなかった。 制作とプロデューサーの違いについては、これまでしょっちゅう考えてたけども。 自分は、ある実務をやっているとその上層を規定するものが自然と見えてきてある種の見識が備わるものだと思っていた。実務が最高の指導者だと思っていた。 その仕事の意味とか、どうやれば効率よくなるかとか、どうすればこの仕事をしなくてよくなるかとか、一段上からこの仕事を考えてみるとどうなのかとか、自然と勝手にわき出てくるものだと思っていた。それで本能的に考えて、それによって見識が備わるものだと思っていた。 しかし、それは自分の体験にすぎなかった。 自分がそういうことだったので、制作経験を積むことで、その上層を規定するプロデューサー的センスが身に付いたのだと思う*。 しかし、あれだね。自分が無意識に獲得したものは、他者に伝達するのが不可能なんだよね。その内容を意識できればまた話は別だけれども。 制作系の人をいろいろみているけど、この人は制作事務8割プロデューサー2割だなぁそれで定着しているなぁとか、この人は制作事務3割プロデューサー7割だなぁとか、人によってはどっちの能力も高いなぁとか思っていて。 なんか、その割合はある程度、人によって決まってくる部分があって、なんか新たな技を考えないと、動かないものなのだろう。 この場合の動かないは、成長しないと言う言葉を3、4割は含む。 で、目に映る現実は違うけど、制作やっていたら、どんどんプロデューサー的センスが身につくのが普通だろうという、無意識の先入観があったように思う。 制作よりもプロデューサーの方が、希有な能力が必要とされると自分は考えている。プロデューサーは基本的には制作のことがある程度はできる必要があって、その上の+αがいると思うので。 それで、制作者を養成するのと、プロデューサーを養成するのとまったくアプローチが違うよな。と思った。 ポイントは気づき力なんじゃないかと思う。 それで、自分が知っているプロデューサー系の人って、なにかによって育成されたという感じでは全くないんだよね。ただ機会は与えられて、自分の中で気づきを積み重ね、アイディアを出し、実行して、周囲を巻き込んで今に至っているという感じで。 そこだけで行くと、プロデューサーってのは養成されるものではないという結論になってしまう。 制作の実務的なこととかはいくらでも伝えられる。たとえば、ある劇団の受付をみんなで見学して、ここがよかったね、ここがうまくなかったね。みたいなことを共有することは出来る。でも、もっと言えば、ポイントは、良否に気づく力ですらない。 良否を見つければ自分の糧になるのでは?ということに気づく力なんだよね。 ここまでくると、心的姿勢みたいなことになってくるから、教えるのがますます難しい。一般論で言えば「目に映るものは全て勉強だ!」みたいなことは言えるけど、それはなかなか有効な行動には結びつかない。 また、難しいのはプロデューサーと言うよりは、単なる空想家ってのもいて、プロデューサーはそういう性質も必然的に備えるものだと思う。空想家になったらダメだけど。
by sailitium
| 2012-06-01 13:57
| 制作者のこと
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