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福岡・九州地域演劇祭 ![]() プロフィール たかさきの簡単プロフィールです。 PINstage たかさきの舞台芸術関係の活動の屋号です。 FPAP 福岡の演劇等舞台芸術を支援するNPO法人です。最近のメインはほとんどココです。 九州地域演劇協議会 九州内の6つの地域演劇支援団体により設立。 FPAP職員の日々之精進 FPAP常勤職員がおくる赤裸々日報。 制作者は語る(fringe) 全国の制作者による注目のブログです。 昨日 今日 トータル スパム対策でトラックバックには、送信元記事にこのブログへのリンクが必要になっています。どうかご了承ください 最新のコメント
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2012年 04月 13日
福岡の劇場で、もっとも継続的に小劇場演劇文化活動をしてきたのは、イムズホールだろう。
自分が高校生くらいの時にはすでにイムズホールがあって、遊機械/全自動シアターの公演とかやっていた。 そのころは、いまほど演劇バカでもなかったので、他にどういう劇団が来ていたのかは知らないが、バブルの時代だったこともあり、ほかにもいろいろよんでいたんじゃないかと思う。 演劇公演専用の劇場ではないので、年間の演劇公演数がそんなに多いというわけではないと思うが(10本前後?)長年、継続的に小劇場の優れた作品の鑑賞提供をやってきた。 おそらく、そんな劇場は九州にはイムズホールしかないんじゃないかと思う。 チェルフィッチュ「三月の5日間」もイムズホールで見た。他にも、よくぞこのタイミングでここを呼んでくれましたみたいな公演の記憶がある。 イムズホールは、以前は「イムズ芝居」という企画をやって、九州・山口を対象とした若手劇団の登竜門的な企画もやっていた。これは、地元の劇団にはじめて出来た目標となる企画だった。多くの劇団がこれにでることを目標にした。 自分が見た福岡の劇団の芝居で、もっともおもしろかった芝居の1本である風三等星「星を旅する夏」もこの企画で見た。 九州・山口からの優れた劇団の排出が追いつかずに、企画は継続しなかったが、この企画があるのとないのとでは、福岡の地域演劇シーンの高度は今より低かったであろう事はまちがない。 ほかにも、初の福岡の小劇場系の劇団の座長級による合同公演「ノクターン」とか、大塚ムネトVSとまとママの「東京物語」とか福岡のエポックメイキング的な公演も、その多くはイムズホールで行われている。 もちろんイムズホールも先端的な若者文化というブランドイメージのためにやっていることだし、広い視野でみればビジネスの範疇であろう、が、そうであったとしてもその功績には変わりがない。 数十年くらいの積分的観念でみていって、福岡イムズホールの小劇場演劇の貢献度はとても高い。福岡の劇場でダントツだろう。 2012年 04月 10日
二番目の庭「futurama」を、みながら、どうにも、これから書くようなことを考えてしまってしょうがなかった。
これは、二番目の庭の公演に関することではなくて、公演の背景にある社会的な環境のことだ。当時、ツイートした、重要な気づきというのがそうなのだけど。 「futurama」楽しめた。満足する内容だった。 作品としては意図的に器を小さく取ったものだと思うが、そこは主催者がやりたいことをやればいいと思う。やりたい方向に対して適正な手法で、チケット料金に見合ったボリューム感と完成度になっていたと思う。 で、たとえば、北九州の地域演劇シーンが、そういう器を小さく取った作品をつくるカンパニーばっかりになったとしたら、これは一体どういうことになるんだろう。と思った。 北九州では、小劇場系で飛ぶ劇くらいのスケールのある公演をしそうな団体がない。またながらく萌芽がみえない。 「大きな物語が喪失し、小さな物語が氾濫するようになった。」 という言い方があるとして、その氾濫する小さな物語も、今では相対的に大きな物語と認識されるようになって、小の小の物語が増えてきているのではないか、という言い方が成立するような気がする。 欲得がなくなっているとは思わない。脂ぎった本能は、やはりチラシやパンフをみれば、どこかに漏れでている。 ナンバーワンを諦めて、オンリーワンを指向したときに、そこまで細分化しないとオンリーワンの地を見つけられないということなのだろうか。 もちろん、自分もその文脈の中に生きている。 北九州の地域演劇シーンは、どんどん細ってきているように思う。以前は、シーン全体としてなかなかの高度を保っていたと思う。日本の地方都市を代表するくらいに。 が、終わりの始まりが3,4年ほど前から始まっていて、この場合の終わりとは高度を下げていき、シーン全体が安定的に継続できる低さまで下降していく、つまり落ちるところまで落ちるということをさしているのだけれども、昨今になって落ち着いたかというところだ。 感覚的に終わりの始まりが3,4年前くらいにスタートしている印象なのだが、これはネクストジェネレーションシアターから、北九州を背負って立つカンパニーがでてこなかったということと関連付けて話していいと思う。 育成企画はおわってから3,4年できれば5,6年、ほんとは10年あとをみないとよくわからないけれども、現段階である確かさのある分析は出来るだろう。 ここからはどんでん返しであるが、実は北九州には、ここ半年1年くらいで若い劇団の兆候があって、盛り返してくることを期待できるタイミングなのだ。だから今日のブログかけたというのもあるのだけど、この先の展開を注視したい。 More 2012年 04月 04日
昨日書いた30年後の地域演劇シーンを考えてみた(3)のつづきです。
中期的には、相互交流・相互刺激の場をつくることだと思う。福岡だけでは相互交流・相互刺激になる十分数の劇作家・演出家がいないとなれば、よりひろいエリアである九州を単位として考えるしかない。 しかし、九州は地理的に広く、相互交流があるとは言えなかった。 劇作家・演出家の密度をあげる必要がある。密度が上がれば接触機会が増える。そうして、相互交流・相互刺激がおこりやすい場をつくる必要がある。 そのためには、数を増やすか面積を狭くするか。 心理的距離を近くすれば、面積を狭くすることが出来る。また劇作家・演出家が集まる機会も人工的につくる必要がある。 FPAPの企画で言うと観劇ディスカッションツアーがそれだし、九州地域演劇協議会の企画で言うと、九州演劇人サミットがそれだ。 いうまでもないが、九州の各劇団の県域を越えた活動がそのもっとも大きなものであろう。 これらを通じ、九州の劇作家・演出家が相互刺激を受ける環境はある程度出来た。あとはこれを維持継続する必要がある。これは必須。この維持継続の努力は、勝負する上で最低限やらないといけないラインだと思う。 九州地域演劇協議会の九州戯曲賞も重要な企画だと思う。九州各県の公共劇場の協力体制に温度差があるように見え、今後継続するものなのか疑問の余地がある。 少子化・人口減少の問題は30年前に手を打ち、20年前に完成させてないといけなかった。なのに、それを怠った。そのせいで、今から30年後くらいには相当ひどい状況が待っているのではないかと思う。 福岡・九州の地域演劇の状況も同じように語ることが出来る。 今は、もっとも適切に手を打てる時期の終わりの時期だろう。なのだが、その認識が拡がっていないことにくやしさと無力感を感じる。 やぶれかぶれの行動が必要になっているのかも知れない。 More 2012年 04月 03日
前後10年見渡す。そして、今後の20年後の姿を想像してみると、地域の人材で創造事業をやるとするならば、非常にマズイ状況だと思う。
鑑賞、体験、市民発表事業はやるけど創造事業はやらないというならば、問題ないだろう。創造事業はやるけども、劇作家・演出家は東京から招聘するならば、これも問題ないだろう。 しかしそうでないならば、福岡や九州の人材で優れた作品を創ろうとすることをあきらめないのであれば、もう、これは尻に火がついている。 5,6年前くらいからそういう危機感はあった。 状況は苦しいが、それでも前後10年を見渡せば今が一番、人材が充実した時期だろう。ならば、いま打って出るしかない。みたいな状況だと思う。 今、やらないといけないのに、その必要性がわかっていない。尻に火がついているのに気づいていない。 刹那的な事業に陥らずに、長期的な視点での事業を行うべきだし、投資を怠ってはいけない。 まず、短期的には、地元の劇団を育成すること。 諸事業は地元の劇団の成長を常に念頭に置く。地域の劇団を弱体化させるような結果になってはならない。 表現者じゃない制作者はどうしても既に完成の域にあるアーティストばかり見てしまうが、それでは実りは全て食べ尽くして枯渇してしまう。 これまでの時代はそれでもまだ良かったが、量が減るこれからの時代にそれはマズイ。 劇団数が維持されるような事業も必要だろう。 そして、地域での成功例をつくること。成功例というのは、いろいろあるけど、ひとつには他地域から存在を認識されうる劇団を増やすということ。 京都は、かなりはっきりとそう指向しているように見える。その成功例をつくるために、どれだけの投資を劇団にしているか。そしてどれだけの結果を出しているか。 福岡で言えば、地元の劇団による他地域からの認識を広げるような新たな活動の機会を逃さず支援する。劇団が単独でやれることは特に手伝わなくていいけど。 とにかく、地元の劇団がたっていかないと、劇作家・演出家の多様な活動の場がつくられない。地域演劇は趣味・交流の分野でしか生き残れなくなる。それも重要な分野だが、その分野だけでは・・・ 2012年 04月 02日
(前々回投稿「30年後の地域演劇シーンを考えてみた(1)」の続きです)
福岡・九州でいえば、もうよほどの僥倖がない限り地域演劇諸要素の量は落ちる。 (作品、劇作家、役者、・・・) せめて質を維持するしかない。 今のところ、ポイントは劇作家・演出家だと思う。役者も重要だが、九州でいえば、すぐれた劇作家・演出家*があぶないとおもう。ほんとうに30年後にはいなくなっているかもしれない。役者はまだいなくなるまではないと思う。 優れた劇作家・演出家がでてきやすい環境をつくり、その出現の可能性を高めないとどうにもならない。 (少子化といっしょで、今から高めたところでもう手遅れなのかも知れないし、結局は本人の才能と努力の比率が大きい問題であり、劇的に変化するような施策もなく微増程度のことなのかもしれないが。) 九州から、優れた劇作家・演出家がいなくなったとすれば、優れた作品をつくろうと思えば、東京や大阪から劇作家・演出家を呼んで公演するしかない。広島や北九州では行政系のプロデュース公演が、この状況にある。 宮崎の時空の旅シリーズやFFACの走れメロスなんかは、福岡や九州の人材での創造事業*に挑戦している。いいかえれば、今は挑戦できるだけの人材がいる時代といえる。 逆説的にいえば、前後30年を見渡して、今の九州は絶頂期にあるといったほうが正確なのかも知れない。その現実を見据えてないとすれば、30年後はとてもあぶない。 30年後、このような事業が出来るためにどうすればいいのかは、九州各地域のアートマネージャーや先輩アーティストがよく考えなければならないことだと思う。 More 2012年 03月 30日
30年後の地域演劇シーンを考えてみた。といっても、福岡・九州の話。
人口も減るし、経済的にも下降していくだろう。 人口減を力業で止めるか、道州制をとって道州経営がうまくいき(それとて簡単なことではないが)うまくいっている一国を再現するとかしないと、もう衰退するだけだろう。 ● 経済的なことで 芸術分野に流れる公的なお金も減るだろう。がっつり稼いでくれる会社が減れば、民間からのメセナも縮小するだろう。経済的に豊かだから、アーティストを抱えられるという面もある。それと昔の企業は儲けて基金を創ったら芸術支援が多かったらしいが、最近の企業は非芸術の分野が多いらしいね。 こう考えたときに、芸文基金があるの大きいのだろう。基金というのは基本的にはずーと続く。バブルの時によくつくっといたなぁと思う。作った人たちはすごい偉い。芸文基金のお金は、特定地域に集中して落ちているから、福岡・九州にはあまり関係ないかも知れない。 ●人口減のことで この国のこれからの衰退のもっとも大きな割合を占める理由は、人口減で、これに有効な対策を打たなかった政府・マスコミ・国民の責任なんだけど、それをひとまず既定のこととすると、演劇分野に来る才能は減る。 楽しい分野はこれからも増えて、演劇分野に来る人材の割合も減るだろう。同様にお客さんも増える要素がない。 学校教育や子どもの頃から演劇に親しむ率を増やす。という考えもあるけど、大勢に影響はない。おもしろい先例もあるが誤差の範囲だろう。 ●それで 演劇は衰退するだろう。 無論、滅びはしない。 極論だけど、人間の営みがあるところには、演劇は必ずある。続いていく。が、公演形態をとった演劇が今以上に発展することは難しいと思う。 (続く) ちなみに、東京は人口流入があって、今くらいの人口を30年後も維持しているだろうから、特に問題ないんじゃないかと思う。 2012年 03月 26日
この地域から、全国レベルで評価・活動できるカンパニー(または劇作家・演出家)がでるかどうか。
人口150万くらいの都市なら、一生懸命やっていれば5年に一人出るかどうかとかだろう。人口100万人の都市なら10年に一人でるかどうかとかだろう。 出ると信じて事業を組み立てるのと、出ないと信じて(または興味がない、諦めている)事業を組み立てるのとではまったく違っていて、それは傍目で見ていれば、なんかわかるようになった。 地元で活動する表現者と地元で観劇する鑑賞者では、やはり後者の方が人数も桁違いで多いから、後者を重視しないといけないだろう。 人口がある程度増えてくると、前者にも注力できる。「発表」できる環境整備をやることになるだろう。 さらに人口が多いと、他地域に発信できるような作品やカンパニーをということになるだろう。 これをどのくらい地域の才能でやるのかというのもポイントになってくるだろう。それにこだわって作品のクオリティが一定レベルに達さないのはまずい。 育成企画なのか創造企画なのかとか、そのバランスの難しいところだろう。 自分はでると信じている。 しかし3~5年後には考えが変わっている可能性を否定しない。もちろん結論だけが欲しい訳じゃないので、それだけにこだわっているわけじゃないけれども。 2012年 03月 16日
小劇場の制作シーンの中でfringeの功績は、とてもおおきい。自分が言うまでもないことだけど。東京・大阪といった大都市圏でなく、それ以外の地域の立場で書いてみたい。
去年、fringeは10周年を迎えたが、10年前の地域演劇の制作状況といえば、そもそも制作という概念がないとか、演劇関係者にも認識されていないとか、そういった状況ではなかっただろうか。 インターネットも発達してなくて、地理的に近い範囲で交流できるだけの制作者数がいる東京・大阪以外の地域では、制作的ノウハウの伝承や交換などもなかっただろう。 自分が福岡で制作者を名乗り始めたとき、かろうじて半径50kmに一人、二人いたくらいの記憶だ。それすらも今振り返ってわかるレベル。 こうするといいよとか、教えてもらったことがない。参考例とか情報とか、極めて乏しい状況で、自分で考えながらいろいろやった。下手したら、福岡の若手の劇団の制作者から笑われるようなレベルだと思う。 そのようななかでfringeができたことは、たいへんありがたいことだった。宝の山のような情報がわんさかとある。同じような情報や考え方は、他では入手できない時代だった。 おそらく、地域の制作者でこのような体験をした人は多いのではないか。 そして、今では、国内の各地域で制作者としている人もた地域から見えるようになったし、そのネットワークもできるにいたっている。このネットワーク形成にもfringeは大きな役割を果たした(PmP2006)。 各地域に制作的なノウハウが培われてきた結果、小劇場系のカンパニーの他地域公演もずいぶんとハードルが下がったと言えるだろう。東京や大阪のカンパニーの他地域公演が増えた理由の一つといえるだろう。ここはもっと評価、感謝されるべきだろう。 東京を介さず、地域と地域が直接につながる企画も増えた。芸術文化環境の中央一極集中はあいかわらずひどいが、価値観の一極集中は少しは緩和されていると見ていいかもしれない。 こういったことをすべてfringeがやったとは言わないが、こういった動きに対してもっとも功績のある活動の一つだと思っている。 また、部分としてみれば、fringeの考え方と違う考えを自分が持つこともある。サイト上での議論も一度ではない。 しかし、全体としては以上のように捉えている。その存在に感謝している。そして、今後も変わらぬ敬意を持ちつづけたい。 2012年 03月 15日
こんな言い方は、本人はいやがるかも知れないが*、ある種の現象としてはっきり言いうると思うので、いうが、いまちょっと九州、永山ブームかも知れない。
(ブームは大げさかも知れないけど、ブームは伝わりやすい言葉なので。あれだったら、適宜薄めてください。) 今年の2月に福岡公演があったうりんこ「お伽草子」は、 原作=太宰治 脚本=永山智行 演出=三浦基 という構成だった。 自分が、2月3日にうりんこの芝居を見に行って、その公演で永山さんが脚本などをつとめる公演のチラシが3公演はいっているのを見て、永山ブームが到来したな。と思った。 新人戯曲賞の最終選考に残ってたり、AAF戯曲賞を受賞したあたりが、わかりやすいキャリアのスタートだとして、今では、宮崎県立芸術劇場のディレクターとして活躍されている。 演劇公演のラインナップももっとも実質的に決定しているだろうし、公共劇場のプロデュース公演である時空の旅シリーズでは自らキャスティング・演出するなど、公共劇場のアーティストとしては、国内レベルで見ても相当の権限を有しているといっていいだろう(とはいえ、なんでもかんでも思い通りに行くわけではなく、ご苦労も非常に多いだろう)。 この在り方は、もっと評価・注目されて良いと思う。 ブームの話に戻すけど、3月下旬にはFFACの走れメロスがある。この公演は 原作=太宰治 脚本=永山智行 演出=山田恵理香 という構成になっている。公演時期が近いこと、演出が利賀同期受賞ということもあり、福岡今年度最後の話題作であることは疑いがない。 見逃せない舞台だ。 *いやだったら、ごめんなさい。 2012年 02月 25日
今年に入って、ずいぶん北九州に行っているなぁ。
庭、太陽族、テトラ、シアラボSB、MONO、魔笛、BEE(予定含む)。 普通なら往復3万かかるところが、3000円だから、お出かけの回数が増える。これは北九州に感謝ですね。北九州で落としているお金もあるので、そこで、釣り合っていればいいのだけど。 中劇場でかけるような芝居が、福岡でかかってないというのが大きそう。 小と大でいえば、それなりに拮抗しているように思うんだよね。ちょっと広い視野で見ないといけないけど。 福岡の中劇場といえば、まどかぴあだなぁ。まどかの大ホール(783席)、商業系のものをかけたら、採算ベースに乗るくらいこぞっていけばいいのに。距離の壁があるのかなぁ。 昔のメルパルクに行くのとそんなにかわんないという考え方でいけないだろうか。西鉄の急行が停まる駅から徒歩10分くらいというところで。JR沿線に住んでいるなら、乗り換えなしでいけるまどかのほうがむしろ近い。 統一された意志体として、小・中・大をもっているのと、バラバラでキャナルシティ劇場(1144)、まどかぴあ(783)、イムズ(300でいいよね)、ぽんプラザ(108)、とあるのとではまったく違うもんなぁ。それが福岡のイイところだけど。 ちなみに、この4劇場はそれぞれのクラスで福岡都市圏をもっとも代表する(またはしうる)と個人的に思っている劇場。 フェスティバルをみても、統一された意志体としてやるのと、みんなが自分がいいと思った料理を持ち合う的な形式との違いがあるよね(北九州の場合は昔の演劇祭の方だけど)。 どんたくをみても思うけど、そういう形式、統一性はないが、みんなが持ち合うという形式は、やっぱ福岡の個性なんだろうなぁ。 それだと、やはりクオリティに制約が出やすいのだけど、個性の一端とすべきだろうなぁ。 メルパルク・・・西鉄薬院駅から、徒歩10分くらいの所にあった。動物園の近く。博多駅からはバスが沢山出ているから、JR沿線から近いかどうかは微妙だけど、まどかはJRの駅から歩いていける(15分位?)。 まどかぴあ・・・西鉄の急行で、天神→薬院→大橋→春日原 急行なら天神から10分くらい。春日原駅から歩いて15分くらい。薬院は特急止まるので、電車時間・徒歩時間はともにまどかのほうが一回り大きくなるかんじではあるが、心理的なものも大きく、イメージのもっていきかたでナントでもならないかなぁ。 < 前のページ次のページ >
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